倉木麻衣の歌詞に否定的な人は多い。彼女の歌詞は稚拙で奇麗事ばかりだという。本当にそうなのか。いいや、倉木麻衣の歌詞は、楽観主義に生きる力強い人生観に裏づけされた、深く味わいのあるものなのだ!ということを書き綴っていくブログです。
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アルバム『ONE LIFE』のなかで「Season of love」は大きな役割を果たしています。
「Season of love」が仮に収録されなかったとすれば、『ONE LIFE』は画竜点睛を欠いたものになったのではないでしょうか。
なぜかというと、『ONE LIFE』に収録されているほとんどの曲は、他者との関係性、さらに絞れば“恋愛”を重視しています。しかし、ONE LIFEと銘打つにあたって、自分との闘い、克己という側面が乏しいというのは寂しいものでしょう。「Season of love」があるからこそ、ONE LIFEというタイトルが説得力を持っているように私は思います。


さて、第19回「Season of love(2)~大きな愛とは~」の続きがまだでした。
自分を愛することが「大きな愛」を生み出す源泉なのだ。
ということを書きましたが、「Season of love」は「大きな愛」そのものは描けていないのかもしれません。
music freak magazine Vol.146(2007年2月)で倉木麻衣はこう言ってます。

最近のニュースで人を傷つけ合うなど暗いニュースが取り上げられていますが、私自身もそうですが、人は皆弱い部分を持っていて、いつも大きな愛を求めているのではないかなと思います。


しかし、皆、愛を求めているんだ!とか皆に愛を与えていこうよ!というメッセージは「Season of love」からは読み取れません。
では、「Season of love」は何を伝えたいのでしょうか。
先のコメントの続きにこうあります。

それを上手く表現出来なかったり、違う形で相手を傷つけてしまったり、心の置き場が見つからないまま道に迷い込んでしまう、そんな心の中にも愛を見つけて自分自身を取り戻し、もう一度頑張ってみよう!という気持ちで作ってみました。


「そんな心の中にも愛を見つけて自分自身を取り戻し」と言われているように、結局のところお前自身の心の中に愛を求めろ!外に求めても手に入らないよーんという、なんとも厳しい主張となっているわけなのです。
じゃあ、結局「大きな愛」ってなんだったんだろうというと、なんだったんでしょうね(爆)。たぶん、倉木麻衣自身が「大きな愛」の発信者としての自分を求めてつくった曲が「Season of love」なんでしょう。だって「Season of love」を歌うにおいて、歌い手は「大きな愛」を持っていなければならないんだもの。

まぁ、「大きな愛」にあまりに囚われるのも野暮でしょう。
倉木麻衣はWHAT's IN? No,247(2008年1月)では「Season of love」をこう解説しています。

“自分自身が信じた思いっていうのを、大切にしていけたらいいね”っていう。まず自分を信じないと前に進んでいけない、っていう歌ですね。


そう、まさにこういう曲!



ようやく、ぐだぐだ続けてきた「Season of love」の歌詞考察が終わりました(´○`; 。
この曲の歌詞は私的に「殿堂入り」しているんですが、その歌詞の素晴らしさは結局あまりアピールできなかった気がする・・・(ノ_-。)。


【追記(1/29)】

私は以前、こう書きました。

「Season of love」が他者への愛に主眼が置かれているなら・・・
この曲では、何かを無くし、自分が消えてしまうと思えるほどの苦しみに喘いでいる人物像が描かれています。
そういう人に向かって他者を愛せということに何の意味があるのでしょう。それは、さらに「Yes」を押し付けることではないでしょうか。
さらに、他者を愛することの価値について言及されておらず、他者との関連性に対する示唆がないことから、単なる押し付けを脱却する要素はないように思います。


しかし、正直言って、「Season of love」が他者への愛を歌ってないと自信をもって言うことはできません。他者への愛を歌っているとするなら、社会の矛盾と闘う博愛の勇者の歌とでもいえましょうか。そう解釈することは全く可能です。そして、「今ただこの世界諦めないで」という歌詞カードにない歌詞との親和はこちらの方が上です。
ただ、私はそう解釈したくありませんでした。私にとってそれは理想主義に過ぎるだから。
そして、私は自分が最も「Season of love」を楽しめる解釈を選びました。
「愛」は確かに多面性をはらんだ言葉として使われたはずだ。しかし、その主軸は“自分への愛”であろう。それが“大きい”かどうかは疑問だが、楽曲だけ見れば何の問題もないはずだ、と。

なんか、もやっとボールが一杯投げつけられそうな結論となってしまいましたが、私の感性の限界ということで、私自身の「Season of love」に対する解釈はここで完結とさせて頂きます。

最後に。
真実はいつも一つ。しかし、歌詞の解釈は一つではない。特に倉木麻衣の歌詞においては。
コメント
この記事へのコメント
はじめまして!
麻衣コミュから来ました。
前から読んでたんですけど初めてコメントします。

season~はとても好きな曲です。

また読みにきます。
2008/01/26(土) 21:55 | URL | state #Na1mkdSI[ 編集]
>stateさん
あれ?前の記事にコメントされたstateさんとは別の方ですか?
2008/01/26(土) 23:13 | URL | SaySay #-[ 編集]
すみません(汗

ずっと前からコメントしようかなと思ってて、前回コメントしたのを忘れてたみたいです…。

恥ずかしいですね(汗
2008/01/27(日) 00:25 | URL | state #Na1mkdSI[ 編集]
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2008/01/27(日) 01:40 | URL | みんな の プロフィール #-[ 編集]
>stateさん
了解しました(*^^*)。
2008/01/27(日) 16:06 | URL | SaySay #-[ 編集]
「Season of love」の歌詞考察、誠にお疲れ様でしたm(_)m
私は、以前、「大きな愛」には、”寛容さ”や”赦しの心”が含まれるのではないかと述べました。
その観点からすると、歌詞中に現れる”愛”は全て「大きな愛」と解釈できるのではないでしょうか。
もちろん、倉木さんはそのような愛をお持ちになった方だと私は信じています。
いづれにせよ、私も、本曲は倉木麻衣を代表する名曲...というよりも”名作”だと考えています。
2008/01/27(日) 21:22 | URL | show-cat #-[ 編集]
>show-catさん
以前頂いたshow-catさんのコメントの内容は覚えておりましたが、改めて考え直してみました。そして、私の解釈が不十分であることに気づきました。第4弾を書きます。
show-catさん、ありがとうございます。
2008/01/29(火) 00:04 | URL | SaySay #-[ 編集]
お礼を言っていただき、誠に恐縮しています。
ただ、前述は、あくまでも私の見方であって、その見方を押し付けるつもりではありませんので、念のため。

考察の第4弾も楽しみにしています。
2008/01/29(火) 20:51 | URL | show−cat #-[ 編集]
>show-catさん
ころころ変わって申し訳ないのですが、第4弾はひとまず止めにしました(代わりというわけではありませんが、追記を少し書きました)。
考えた結果、納得いく結論がでませんでしたので、とりあえずはこのままでいきたいと思います。
後は、show-catさんや他の方の解釈に学ぼうかと思っております。
2008/01/30(水) 08:11 | URL | SaySay #-[ 編集]
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