倉木麻衣の歌詞に否定的な人は多い。彼女の歌詞は稚拙で奇麗事ばかりだという。本当にそうなのか。いいや、倉木麻衣の歌詞は、楽観主義に生きる力強い人生観に裏づけされた、深く味わいのあるものなのだ!ということを書き綴っていくブログです。
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倉木麻衣の新曲「Season of love」が提示するテーマは何なのでしょう。

まず「Season of love」という題名について。
直訳すると「愛の季節」となりますが、どうやら歌詞全体を俯瞰すると“季節”ではなく、“時機”あるいは“時”と捉えるのが適当なようです。
Everything is good in its season.(何事も時機を得れば当たる)という諺がありますが、今こそ愛が必要な時だという意味合いが「Season of love」という題名には含まれているのでしょう。

では、ここでいう“愛”とは何でしょうか。
それは歌詞の中で明示されておらず、なかなか分かりづらい。
私なりに思索していった結果至った“愛”の解釈を、先哲の言葉を借りて表すと、

彼がほんとうに彼であって欲しいと思うこと、これこそ真実な愛である。

アラン『幸福論』(神谷幹夫訳)より


「Season of love」の“愛”は、“恋愛”or“人類愛”or“博愛”それとも・・・。


solkuraki.jpg

倉木麻衣26thシングル
1.Season of love
作詞:倉木麻衣
作曲:大野愛果
編曲:Cybersound

2.Season of love -Latin lover remix-
3.白い雪 -オルゴ-ルバ-ジョン-
4.Season of love -instrumental-


1番の歌詞から見ていくと・・・

常識の波に押し流され
期待される「Yes」に「No」と言えず
うつむいていた

個性を無視し、画一的に物事を押し付けられることへの苦しみを表したものでしょう。
「Yes」と「No」を用いた表現が秀逸です。
(これまでに倉木麻衣はYesとNoを対比させた歌詞を何度か書いたことがありますが否定的な表現として用いるのは初めて)
そして、
消えてしまうのかなと....思えてしまう程に
自らのアイデンティティーが消失していく様を、痛々しく表現します。体ごと消えてしまうかのようにも思える簡潔な表現に、実感がこもっています。

ここまではある程度すんなり解釈できるのですが、どうもその後が難しい。

胸の奥にある悲しみや苦しみを
愛に変えて

愛はすべてのドアを開いて
そっと君を 解き放つ

2つとも印象的なフレーズです。しかしこれらが伝えようとするメッセージは“愛”という言葉の多義性ゆえに捉えがたい。
今君の横で感じている
君が熱く君が強くにぎる手が

から、寄り添うことの大切さを説くのでしょうか。

その鍵は、2番の歌詞に見出されます。
人は皆同じルールで生きていないから
全部抱きしめていて...誰にも負けないように


なんちゅう分かり難い歌詞を書くんだと思いながらも、私はこの部分がたまらなく好きです。
人は皆同じルールで生きていないから」なんて在り来たりなことこの上ないフレーズですが、そこから続く言葉がいい。
全部」がどういう範囲を指しているのか言及されてないことが、言葉に無限の幅を持たせています。あまりに抽象的で不親切だといえるでしょうが、なんとも倉木麻衣らしい詩です。
私は“独り善がりでもいいから自分を愛していけ、大事にしていけ”というメッセージを感じました。
様々なルールがあるなかで、自分の枠に凝り固まるくらいでいいじゃないか、自分のルールを押し通すぐらいでいいじゃないか、負けちゃだめだぞって。
もちろん世間と調和していく心は必要なわけですが、世間の波に翻弄され、傷つき、臆病になって、疲弊しきった心には、このような言葉こそが染み入ります。

さらにこの歌詞の方向性を決定付けるのが、歌詞カードには表記されていない大サビの部分です。

守り抜け 自分信じず 誰が信じる
つまり、「Season of love」は、自分を愛すること、自分を信じること、のススメであると私は思います。
そう考えると、「愛はすべての扉を開いて」という言葉も納得いきます。すべての扉を開きうる根本のものは「自分を信じる」こと以外にないと私は思っているので、非常に共感できます。

では、1番の歌詞をそのような視点から再度振り返ってみます。
今君の横で感じている
君が熱く君が強くにぎる手が
胸の奥にある悲しみや苦しみを
愛に変えて

これは、自分を大切に思われることによって悲哀を“愛”に変えていけるという意味でしょうから、“自分への愛”という狭い意味では用いてないのでしょう。
ただ、そうするとどうも個人的にはどういう“愛”を描きたいのか焦点を絞りきれていない印象を受けてしまいます。ただでさえ“愛”というのは漠然とした掴み所のない言葉ですから。
とはいえ、歌詞全体としては“自分への愛”を直接的な表現を用いることなしに伝えきった秀逸な歌詞だと思います。

この曲には“私”“僕”といった一人称が存在しません。したがって、“君”へ語りかける人物はどこか実体の感じられないものとなっており、それゆえにこの曲は純然たるメッセージソングとなっているといえます。“君”がここでの主人公ですから。
倉木麻衣が「Season of love」に乗せたものは「彼がほんとうに彼であって欲しい」という願いであり、それ自体が“愛”だといえるのではないでしょうか。
それをサウンド面も合わせて五感で感じながら、自らを自分や他者のありのままを認められるような“真実な愛”で満たしていく――「Season of love」の味わい方はかような感じではなかろうかと、SaySayは考えるわけであります。



かなり苦しい考察となってしまいました。もっとスマートな文章が書けたらいいのですが・・・。
ご意見、ご批判、お待ちしてます。
コメント
この記事へのコメント
はじめまして!私も長年麻衣さんのファンをしています。近年サビの部分以外、記憶に残らない曲が多い中、麻衣さんの作品はシングルのB面も良いんですよね~でも、いろいろなブログを読むと、批判的な意見が多く、悲しくなっていたところ、このブログに辿りつきました!私は歌詞の意味をあまり深く考えることはしないのですが、SaySayさんの考察はとても分かり易く、すんなり受け入れることができました。どんどん更新して下さい!期待しています。ちなみに私は「Season of love」の「love」は「博愛」と捉えています。というより、麻衣さんの作品は単純な異性に対する「恋愛歌」が少ないと思うのですが…それも長年ファンを続けている理由でしょうか…。
2007/03/03(土) 00:17 | URL | あや #-[ 編集]
人は皆同じルールで生きていないからは 国家 宗教 だと思う
全部抱きしめては すべての国 宗教を 認めることだと思う
2007/03/19(月) 11:15 | URL | しろ木 #-[ 編集]
SaySayさん、こんばんは。。
お久しぶりです。。

思わずSaySayさんの世界観に吸い込まれてしまいました。。
いやはや素晴らしい考察力だと思いますよ。。

この度、ブログを再開することに相成りました。
今後とも、よろしくお願いします。
2007/03/24(土) 20:15 | URL | RYO #-[ 編集]
はじめまして。 show-catと申します(倉木さんの環境ブログに何度も長文のコメントをしておりましたので、名前はご存知かもしれませんが)。

SaySayさんの考察、素晴しいと思います。でも、詞の解釈は、私とちょっと異なっているようです。まあ、人それぞれ色々な解釈が出来るところが、倉木さんの詞らしいところでしょうか。

Mai-K.netへ投稿した「Season of love」の感想の中で述べた私の解釈を後ほど投稿させて頂きます。
2007/04/01(日) 21:56 | URL | show-cat #-[ 編集]
show-catです。「Season of love」全体としての私の解釈は、次のようなものです。

困難に直面しても、現実に流されたり、人や出来事を妬んだり、憎んだりせず、気持ちを強く、心を広く持ってそれを克服し、新たな夢、希望を見出そう。そして、その経験、体験から”大きな愛”を育み、その”愛”を世界(世の中)に注いでいこう。そうする事によって、心の平安が得られ、人からも愛される。そうするためには、まず、自分自身を信じて自信を持つ事が大切であり、必要だ。

如何でしょうか。
2007/04/01(日) 22:10 | URL | show-cat #-[ 編集]
>あやさん

はじめまして。お返事遅れてすみません。

あやさんのコメントを見て、「あぁ、なんて嬉しいお言葉・・・」と呟いてしまいそうでした。
たぶん4月は(私的には)どんどん更新します。そうは言っても、期待を裏切る予感たっぷりなのがなんですが。

>>私は「Season of love」の「love」は「博愛」と捉えています。

そう捉えるのが普通だとは思うのですが、私やや否定的なスタンスです。倉木さんが「博愛」の意味合いを込めたのは間違いないと思いますが、私は「love」の解釈の中心をそこに置きたくないんですよね。詳しくは後日記事にて書きたいと思います。

>>麻衣さんの作品は単純な異性に対する「恋愛歌」が少ないと思うのですが・・・

そうですよね!私が麻衣さんの詞世界に惹かれた端緒は、まさにそこです。
2007/04/01(日) 22:56 | URL | SaySay #-[ 編集]
>しろ木さん

はじめまして・・・ですよね?コメントありがとうございます。

倉木さんが「国家 宗教」ということまで意識した可能性はあると思いますが、そう匂わす部分が歌詞にないので、「国家 宗教」と限定するのはちょっと気が引けます。

ただ、「全部抱きしめては すべての国 宗教を 認めることだと思う」には痛いところを付かれたなと思いました。
私の解釈より、「全部」を世界を包みこむ視点で捉えたしろ木さんの解釈の方が、きっと多くの人が自然に受け入れられる解釈なんだろうと思います。
私もこれについては記事を書く際、悩みました。「全部抱きしめて」は全く違う(大きく分けて)2通りの解釈ができるけれど、どちらを選び取るべきだろうか、と。
最終的に私が記事としてあげた解釈を選んだのもそれなりに理由はあります。これについては後日、今回の記事の続きとして書きたいと思います。
2007/04/01(日) 23:29 | URL | SaySay #-[ 編集]
>RYOさん

お久しぶりです!
ブログ再開されたようですね。
自身のブログの更新さえままならないですが、近々遊びに行きたいと思います。

私の世界観に吸い込まれたということで、さぞ気持ち悪かったのではないかとお察しします・・・。
何はともあれ、これからもよろしくお願いします。
2007/04/01(日) 23:35 | URL | SaySay #-[ 編集]
>show-catさん

はじめまして。コメントありがとうございます。

show-catさんの解釈、私と違って冗長ではなく簡潔で素晴らしいですね。きっとその解釈が正道なんだと思います。
私はちょっとひねくれた人間なので、別の解釈でいきました。その理由は長くなるので、後日考察の続きとしてアップします。
そのときはもしお時間があればバッサリ斬って頂ければと思います。
2007/04/01(日) 23:47 | URL | SaySay #-[ 編集]
こんばんは。show-catです。

早速のレスありがとうございます。

「Season of love」は楽曲としてはやや地味な感じですが、その世界観は非常にスケールが大きく壮大なものと、私は考えています。つまり、一個人のレベルから地球規模のスケールまでも包含していると。

このあたりは、SaySayさんの考察の続編を拝見してからコメントしたいと思います。

考察の続編、楽しみにしています。

では、今日はこれで、失礼します。
2007/04/02(月) 22:29 | URL | show-cat #-[ 編集]
>show-catさん
一週間以内になんとか(笑)。
2007/04/02(月) 23:04 | URL | SaySay #-[ 編集]
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